40年分の通知表:「風呂敷」と「コンテナ」の物語
日米40年分、数百万件規模のデータを紐解いた執念の労作に、まずは敬意を表したいと思います。私たちが日常で感じている「なんとなく忙しい」「IT化されたはずのになぜか楽にならない」という感覚。その正体を、データという冷徹な鏡が映し出しました。
このレポートが描くのは、単なる「進んでいる国」と「遅れている国」の比較ではありません。「異なるOS(基本設計)」で動く二つの社会が、デジタル化という共通の波にどう向き合ったか。その適応の違いについての物語です。
沈まなかった大陸
世界(特に米国)では、ICT(情報通信技術)という巨大な地殻変動が起きました。コンピューターの普及は、ルーチンワークと呼ばれる「定型業務の大陸」を海中深くへ沈め、代わりに創造や対話といった新しい島々を隆起させました。
一方、日本のデータを見ると特徴的な現象が起きています。米国では減少した「定型認識タスク(事務作業など)」が、日本では1980年から2020年にかけて、減るどころか一貫して増え続けているのです。
米国ではIT導入以降、明らかにこの種のタスクが機械に置き換わりました。なぜ日本だけ、この「定型業務の大陸」が残り続けたのでしょうか。
システムの違いとして読み解く
その原因は、私たちが選んできた「働き方のシステム」の違いにあるようです。「遅れ」というよりは、「何を優先したか」の違いと言えるかもしれません。
1. 現場対応力か、システム化か
米国ではICT投資が急増し、IT人材の多く(約65%)が「ユーザー企業(現場)」に入り込んで業務をデジタル化しました。対して日本は、IT人材の約72%が「ベンダー(IT企業)」にいます。
日本の現場は、システムにお金を払う代わりに、現場の人々の「高い対応力」で変化を吸収してきました。これは日本の現場の強さ(柔軟性)でもありますが、裏を返せば「人力でなんとかなってしまうため、機械化が進まない」という側面も持っています。
2. 「風呂敷」と「コンテナ」
さらに決定的だったのが、雇用のあり方です。
米国流のジョブ型雇用が、中身の決まった「コンテナ」を積み上げるスタイルだとしたら、日本のメンバーシップ型雇用は、中身に合わせて形を変えられる「風呂敷」のようなものです。
日本では仕事の範囲が無限定で、一人の担当者が「高度な判断」も「コピー取り」も、その時々の状況に合わせて風呂敷に包んで背負います。
この「風呂敷(なんでもやる)」スタイルは、急な欠員が出ても誰かがカバーできるという、組織の高い回復力(レジリエンス)を生みました。しかし、形が定まらないため、「ここからここまでをロボットに任せる」という切り出しが極めて難しいのです。
機械は、中身の形が変わる風呂敷を掴むのが苦手です。結果として、日本の現場はデジタル化の波の中でも、定型業務を人の手で抱え続けることになりました。
「米国では…『PC・データ活用タスク』の重要度が相対的に高く、『反復・定型作業』の重要度が相対的に低い」(p.16)
これは優劣の話ではありません。米国は「業務の規格化(コンテナ化)」を選び、日本は「人の融通(風呂敷化)」を選んだ。その設計思想の違いが、デジタル時代において「定型業務の残留」という差となって表れたのです。
景色の転換:OSの相性を調整する
このデータは、私たちの努力不足を責めるものではありません。「日本型のシステム」が、たまたま「デジタル化の特性」と摩擦を起こしていただけです。
これまで日本は、定型業務も柔軟にこなす「人の力」で雇用と現場を維持してきました。しかし、その「風呂敷の便利さ」に頼りすぎた結果、新しいスキルへの適応という時間を確保できなくなっている可能性があります。
逆に言えば、私たちは「コンテナ」にならなくても、「風呂敷」の中身を整理するだけで劇的に変わる可能性があります。全てを米国流にする必要はありません。ただ、機械に任せられる荷物だけでも風呂敷から取り出す。それだけで、私たちはもっと「人間らしい仕事(ケアや創造)」に、日本らしい柔軟さを持って向き合えるはずです。
明日からの荷ほどき
では、このシステムの違いを踏まえて、私たちはどうすればよいのでしょうか。
- パートナーとしてのデジタル
生成AIなどの新しい波を、職を奪う敵(コンテナの侵略)と見る必要はありません。それは、私たちが抱え込みすぎた荷物を、文句も言わずに持ってくれる「新しい後輩」のようなものです。
ただし、この優秀な後輩に働いてもらうためには、上記のような「タスクの分解」と「明確な指示出し」が欠かせません。風呂敷を少しだけ解いて、荷物を手渡す準備を始めましょう。 - 風呂敷の中身を「因数分解」する
「私の仕事は営業です」や「資料作成」といった大きなラベルで括っていませんか? AIや他者に任せるためには、もう少し解像度を上げる必要があります。
例えば「資料作成」なら、「リサーチ(情報収集)」「構成案の作成」「執筆(ドラフト)」「推敲」「フィードバック反映」…といった具合です。ジョブ型の職務記述書(Job Description)のように、プロセス単位まで分解して初めて、「リサーチとドラフトはAIに任せよう」という判断が可能になります。 - 「名もなき業務」にタグを付ける
「気づいた人がやる」という美徳で処理されている作業はありませんか? 例えば「共有フォルダのファイル名整理」「会議室のリセット」「備品の補充」などです。
これらを「誰かの親切」のままにせず、「データ整理タスク」「環境維持タスク」と名前(タグ)をつけてみてください。名前がついた瞬間、それはシステム化やアウトソースが検討できる「業務」へと変わります。
フクロウのおことわり
※本記事はJILPT資料シリーズNo.280に基づきます。分析は2020年までのデータを使用しており、最新の生成AI普及による影響は反映されていません。また、日本の職業分類(特に一般事務員)は大括りであるため、内部でのタスク変化が実態より緩やかに見えている可能性(過小評価)がある点にご留意ください。
種のスケッチ

森の歌
ー 知恵の種を別の形で味わう ー
波打ち際で 積み上げた土嚢
防波堤の向こう 海は変わるのに
守りたかったのは 昨日の景色
背負った風呂敷 重たくないかい?
隣の国の コンテナ船は
荷物を預けて 彼方へ進む
私たちはまだ 手渡しの中で
温もりと非効率 抱きしめている
静かな地殻変動 足元で響く
気づかないふりは もう終わりにしよう
沈まない大陸 ガラパゴスの森
定型業務の雨が 今日も降り続く
40年分の宿題 机に広げて
「忙しい」の正体 見つめ直そう
誰かのせいじゃない 仕組みのいたずら
化石を燃やして 明かりを灯した
でもその煙が 空を隠して
新しい星を 見えなくしていた
そろそろ行こうか 荷ほどきの時
未回収の未来が 待っているから
OSを書き換え 風を通そう
沈めるべきものを 海に還して
防波堤のゲートを ゆっくり開けて
新しい波を 迎え入れるんだ
動き出す大陸 目覚める季節
手放した分だけ 軽くなれるはず
40年分の伸び代 ここにあるから
私たちだけの地図 また描き直そう
フクロウの筆休め
今回のレポートを読んで、「忙しさ」の正体が、個人の能力不足ではなく「システムの特性」だったと知り、少し肩の荷が下りる思いがしました。
日本の「メンバーシップ型」は、お互いの領分をあえて曖昧にすることで、助け合いや柔軟性を生み出してきました。ただ、その「曖昧さ」が、明確な指示を必要とするデジタルツールへの委任や、タスクの切り出しを難しくしていた側面もあります。
私たちは、明日から急に業務境界線を厳格に引く「ジョブ型」には移行できないかもしれませんし、いきなり全てのタスクを定義し直すのも大変です。でも、温かい人間関係はそのままに、「仕事の渡し方」だけを少しクリアにする。そんな「日本らしいデジタルの迎え入れ方」が、きっとあるはずです。
今回の知恵の種(出典)
- 論文名: タスクの日米比較からみた日本の労働市場の特徴と変化 ―日本版 O-NET と国勢調査(1980~2020 年)を使用した分析から得られた示唆―
- 著者: 小松恭子, 靳璇, 江天瑶, 勇上和史, 楠瀬千尋, 麦山亮太
- 年: 2024年
- 掲載誌・機関: 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)資料シリーズ No.280
- URL: https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2024/documents/0280.pdf

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