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既製品の「靴」を、自分の足に馴染ませる技術 — 痛みなく働き続けるためのジョブ・クラフティング論

既製品の「靴」を、自分の足に馴染ませる技術ー痛みなく働き続けるためのジョブ・クラフティング論

靴擦れの正体

新しい革靴をおろした日のことを想像してみてください。
お店で見たときは美しく輝いていたのに、いざ履いて一日歩き回ってみると、かかとが擦れ、指先が当たり、夕方には立っているのも辛くなる。そんな経験はないでしょうか。

それは、足の形が悪いからではありません。単に、その靴がまだ「既製品」のままで、あなたの足の形に馴染んでいないからです。

仕事も、これと同じではないでしょうか。
入社したとき、あるいは異動したときに渡されるマニュアル。そして最近、日本企業でも導入が増えてきた「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」。
これらは、「標準的な誰か」が成果を出せるように設計された、いわば「既製品の靴」です。

当然、生身の人間であるあなたの形(得意・不得意や、大切にしたい価値観)と、既製品の型(ジョブ)の間にはズレがあります。
そのズレを我慢して、「仕事だから」と無理やり足を押し込み続ければ、やがて心にマメができ、歩けなくなってしまうのは当然のことです。

今日は、この「既製品の靴」を、自分の足に合わせて調整し、痛みなく歩き続けるための技術——「ジョブ・クラフティング(Job Crafting)」について考えてみたいと思います。

目次

その「違和感」は、カスタマイズ不足のサイン

高尾義明氏(東京都立大学)の論考『ジョブ・クラフティングの可能性の多角的検討』によれば、かつての仕事論は「会社があてがった仕事を、従業員がその通りにこなす」というものでした 。
しかし、変化の激しい現代では、マニュアル通りに動くだけではうまくいかない場面が増えています。そこで注目されているのが、従業員自身が仕事の内容や進め方に変更を加える「ジョブ・クラフティング」です 。

「変更を加える」といっても、勝手なことをするわけではありません。私たちが普段、スマホを買ったら使いやすいようにホーム画面を並べ替えたり、オフィスの椅子の高さを自分に合わせて調整したりするのと同じ感覚です。

この「仕事のカスタマイズ」には、大きく分けて2つのアプローチがあります。

① 「意味」の設定を変える

一つ目は、仕事の「捉え方」を変えるアプローチです 。
例えば、「ただの議事録作成」を「チームの歴史を残す仕事」と捉え直してみる。あるいは、事務的なメールのやり取りの中に、少しだけ自分の気遣いを混ぜてみる。
無機質なタスク(作業)に、自分なりの「意味」や「こだわり」という設定を加えることで、やらされ感を自分の意志に変えていく手法です 。

② 「負荷」のバランスを整える

二つ目は、自分のエネルギー残量に合わせて、仕事のアクセルとブレーキを調整するアプローチです 。
仕事の「要求度(プレッシャーや量)」と、自分が使える「資源(周囲のサポートや裁量権)」のバランスを整え、自分がパンクせずに走り続けられる状態を作ることを目指します 。

「省エネモード」が招くパラドックス

ここで一つ、重要な注意点があります。それは、カスタマイズの方向性を間違えると、かえって自分が辛くなることがある、という点です 。

仕事が辛いとき、私たちは本能的に「この負担を減らしたい」「苦手な業務から逃げたい」と思います。これを研究では「予防焦点(回避志向)のクラフティング」と呼びます 。

もちろん、実際に「会議に出ない」「上司を無視する」といった行動をとれる人は少ないでしょう。多くの人は、イヤイヤながらも業務をこなしつつ、「なるべく関わらないようにする」「心を無にしてやり過ごす」といった「省エネモード」で自分を守ろうとします。

しかし、この「心の引きこもり」には副作用があります 。
周囲からは「あの人はやる気がない」「協力してくれない」と見なされ、結果として同僚からの信頼やサポートが得られなくなるのです 。
痛いからといって、靴紐を緩めたまま歩こうとすれば、かえって足元がおぼつかなくなり、転んでしまうようなものです。

重要なのは、ただ心を閉ざして負担を減らそうとするのではなく、「より良く歩くために、ここを調整したい」という前向きな意図(接近志向)を持って周囲と対話することです 。
「この業務を効率化できれば、こちらの重要プロジェクトにもっと力が注げます」——そう提案することは、単なるワガママではなく、プロとしての環境整備になります。

道は、歩いた後にできる

最後に、論文が示す希望について触れたいと思います。それは「個人特異的ジョブ(Idiosyncratic Jobs)」という可能性です 。

最初は、自分の足の痛みを和らげるために始めた、小さな「歩き方の工夫」かもしれません。
しかし、その工夫によってあなたがいきいきと働き、良い成果を出すようになれば、組織はやがてそのやり方を認めざるを得なくなります。
「あの人のやり方は理にかなっている」「あのポジションは、あの人だから成立している」。そう周囲が認識したとき、あなたの個人的な工夫は、組織の新しい「ジョブ(公式の役割)」として定着します 。

既製品の靴に合わせて、自分の足を痛め続ける必要はありません。
靴紐の結び方を変えたり、中敷きを入れたりするように、少しずつ仕事を自分の形に寄せていく。
その日々の微調整の積み重ねが、いつか「あなたにしか歩けない道」を形作っていくことになるわけです。

種のスケッチ

超訳図解:ジョブ・クラフティングの可能性の多角的検討
超訳図解:ジョブ・クラフティングの可能性の多角的検討

森の歌

ー 知恵の種を別の形で味わう ー

四角い陶器 与えられたまま
根を張れずに 浮いている
標準化された 光と水
私の色は そこにはない

痛みを避けて 葉を落とせば
森の声は 遠ざかる
静寂という 麻酔の中で
枯れていくのを 待つだけか

土壌の声に 耳を澄ませて
余白はまだ そこにある

硬い輪郭 描き直して
形を変えて 道を探る
違和感さえも コンパスにして
歩いた跡を 地図に変える

拒絶ではなく 対話のために
枝を伸ばそう 風の中
眠った脈を 呼び覚まして
循環の中に 溶け込んでいく

道があるから 歩くのではない
歩いた跡が 道と呼ばれる
名前のない日が 世界を変える

光を招く 枝の隙間
しっくりくる場所 自分で育てる
痛みを越えた その向こう側
新しい種が また芽吹く

フクロウの筆休め

今回の論文を読んで特に考えさせられたのは、「仕事を減らしたい」という本音と、それがもたらす現実のギャップです。

疲れていれば「嫌なことから逃げたい」と思うのは、生物として当たり前の反応です。でも、組織の中でただ「心を閉ざしてやり過ごす」という選択をしてしまうと、周囲からの栄養(支援)が断たれてしまい、結果として余計に自分が疲れてしまう 。
これは「逃げるな」という精神論ではなく、「守りに入るのにも、技術がいる」という、ある種の優しい忠告なのだと感じました。

一方で、論文の後半で触れられている「個人特異的ジョブ」という考え方には、とても救いがあります。
最初は「個人の勝手な工夫」だったものが、結果が出始めると、組織の方が後から「そういうやり方もアリだね」と認めてくる 。
ルールが先にあるのではなく、歩いた後に道ができるのです。

組織やシステムの中で、息苦しさを感じずに生きていくためには、この「既成事実化」させていくプロセスこそが、ささやかな、同時に確かな、希望なのかもしれません。

フクロウからのおことわり

ここに書かれているのは、知の森を歩く中で見つけたヒントを、フクロウの視点で切り取った「スケッチ」のようなものです。正解でも教科書でもありません。
もしあなたの心に響く部分があれば、活用していただけたら嬉しいです。違和感があれば、そっと置いていってください。

今回の知恵の種(出典)

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